木村和士騎手は2018年6月9日、ウッドバインの第2競走でゲートインしたとき、デビューから2週間しか経っていなかった。この譲渡価格9,500ドル(約138万円)のクレーミング競走で、シェリー・フィッツジラルド氏(調教師・共同オーナーブリーダー)のトルネードキャットとコンビを組んでいた。
木村が18歳で、トルネードキャットが5歳。牝馬はゲートを飛び出し、木村はそっと後方に待機させた。第3コーナーあたりに差し掛かると馬群中団にあがり、最後の直線では内ラチをかすめるように走り、単勝71倍で¾馬身差の勝利を収めた。
北海道出身の10代の若者は、同僚ジョッキーから初勝利の祝福として伝統的なしごきを受けるだろうと予想しながら、満面の笑みを浮かべてウィナーズサークルに入った。ところが、ジョッキーたちはお行儀よくしていて、ウッドバインの名誉ある賞、アベリノ・ゴメス賞を受賞したエマ-ジェーン・ウィルソンの後ろに整然と並んでいた。木村も生クリームや生卵、氷水の入ったバケツから素早く身をかわして、2列目の右側に並んでいた。
この日スポットライトを浴びた2人の騎手は順調に歴史をつくりつつある。ウィルソンは母国カナダで勝利を収め続け、いまや2,000勝に迫りつつあり、女性騎手として過去最高の9,020万ドル(約130億7,900万円)もの賞金を獲得している。木村は華々しい初勝利のあとさらに887勝をあげ、3年連続でカナダ最優秀騎手に輝いている。また、2019年には北米最優秀見習騎手に選出された。
この2年間、冬場は西海岸で過ごしてきた。ウッドバインのオフシーズンにサンタアニタ競馬場に挑戦したのだ。しかしこの夏、思い切った行動にでる。長いシーズンが始まって3ヵ月も経たないうちにカナダを離れ、デルマー・デビューを果たすのだ。その動機はシンプルで要領を得ていた。
7月20日(土)の開幕を数日後に控え、「まだ24歳ですから、最高のジョッキーたちとしのぎを削りたいのです。ブリーダーズカップでの騎乗馬を見つけて、新たなチャレンジをしてみたいですね」と木村は語った。
家族・スケジュール・契約にしばられない独立したプロアスリートなので、何でも自由にできるのだ。
「14歳から16歳まで日本の競馬学校にいました。入試を2回受けました。受験した年には151人が応募して合格者はたった5人でした。日本の競馬界はとても厳しいのです。騎手免許を取得するのも大変です」。
木村は日本のジョッキーの世界を、厳重に管理された環境で、近づくことも、そこでチャンスを得ることも難しいと説明した。そして調査を重ね、騎乗への情熱を自由に解き放てる場所としてカナダ東部を選んだ。
「日本を出発したとき、友人たちは『どうして?』と不思議がっていましたね。英語も話せず、お金もほとんどありませんでした。そう、孤独でしたね。でも現地の人たちはとても親切にしてくれましたし、カナダではすべてがスムーズで、すごく簡単に進みました。私よりも家族が驚いていたくらいです」。
日本のサラブレッドの中心地、日高町の近くにある実家の牧場で乗馬を始めた。父の忠之さんは馬主や調教師のために2歳馬を育成している。和士は3歳になるまでに馬に乗り、障害飛越やポニー競馬に挑戦した。
木村は瘦せ型で軽量だが、デルマー開催週の休日3日(月~水)のアクティビティのために現地にジムを見つけている。ただそれはペトコパーク、サンディエゴ動物園、30マイルにおよぶ美しいビーチなどで夏の楽しみを満喫していないときにかぎる。
デビュー7年目を迎える木村は、北米最優秀見習騎手の多くが陥る"本格的な名手への進化に苦しむ"という傾向を乗り越えている。木村は賢明にもカナダでスターの座を築いてから、新たな地平を求めている。しかし、依然として拠点はカナダであり、永住権を申請している。デルマー開催が9月に終了すればカナダに帰って主要ステークス競走でチャンスを狙う予定だ。
「まだ勉強中ですね。ほかの騎手を見て、スタートの切り方やゴールでの追い込み方など、うまく乗っている様子を見ています。彼らが技術的にやっていることが自分にも通用するかうかがっているのです。日本の騎乗スタイルは欧州に近いといえるでしょう。序盤で馬を落ち着かせてからゴールで全力を発揮させます。鞍のうえで跳ね上がる騎手もいます。コースによっては終盤で上り坂があるので、それが馬を前進させると考え、そのように乗ることを覚えていくのです」。
しかし木村の騎乗スタイルはかなりアメリカ的だ。カリフォルニアにいるときは、カナダで義務づけられているアンダーハンド(肩よりも下の高さでの鞭使用)から解放されることに満足している。ただ騎手の健康管理に関しては、HISA(競馬の公正確保と安全に関する統括機関)の管轄下にある米国の競馬場のほうが厳しい。木村は1年前にウッドバインで落馬して脳震盪を起こしている。
「これまでは幸運でしたね。2週間以上離脱したことがありません」。
2019年6月30日、ウッドバインのスプリント戦のバックストレッチで騎乗馬が前肢の蹄踵を引っ掛けてしまったとき、この騎手に何が起こりえたのか誰にも分からない。馬は躓いたが倒れず走り続けた。木村は馬の首の右側にぶらさがり、12完歩以上ものあいだ両方の鐙が外れたままだった。どういうわけか、鞍の後ろに座り直すことができて、なんとか鐙を取り戻し、レースを走り切った。
ベテランのエージェント、ブライアン・ビーチが騎乗馬を集めているので、木村はデルマーでのリーディング争いで有力騎手のひとりとなるだろう。ベテラン騎手のフアン・エルナンデス、ビクター・エスピノーザ、ウンベルト・リスポリ、アントニオ・フレス、タイラー・ベイズ、カイル・フレイなどと切磋琢磨することになる。それに、このサーキットの常連ではないものの、木村はよく知られた存在だ。4月に閉幕したサンタアニタ開催では16勝をあげトップ10入りを果たし、5月下旬にはカナダからふたたび遠征してきて、ハリウッドゴールドカップ(G2)をボブ・バファート厩舎のミスターフィスクで制したのだ。
木村は最初の週末に12人の調教師から依頼を受けて17鞍に騎乗する。クールモア、エクリプスサラブレッズ、マイク・ペグラム、ラモーナ・バス、SFレーシング/スターライトレーシングなど巨額の投資をしている馬主が名を連ねる。7月20日(土)のメインレース、サンクレメントS(芝G2)では、アイルランドの牝馬ロテリー(フィル・ダマート厩舎)に騎乗する。このテンソブリン牝駒は5戦して3着を外したことがなく、昨秋のデルマージュベナイルフィリーズターフS(L)では2着に健闘し、5月下旬にサンタアニタで初勝利をあげた(訳注:結果は6着)。
木村は「いいスタートを切りたいですね。カリフォルニアの競馬はよく知っています。今ではデルマーのことをもっと知りたいと思っています」と語った。
By Jay Hovdey
(1ドル=約145円)
[bloodhorse.com 2024年7月19日「Kimura Kicks Down a New Door at Old Del Mar」]