馬の福祉をさらに確実なものにするため、競馬界が最先端の技術を進んで活用しているのは素晴らしいことだ--そして、その中でも重要な進歩となる技術が今週エイントリー競馬場で使用される。
競馬場で働く獣医であり、BHA(英国競馬統括機関)の馬関連規制および安全・福祉部門長である私自身も、最先端の技術革新がいかに競馬事故のリスク軽減に役立っているのかということを、身をもって体験してきた。
AIの台頭は、私たち競馬関係者に新たな道を開いてきた。我々は最近、スレイプ(Sleip)と呼ばれる画期的な馬の歩様分析ソフトウェアを試験的に導入している。スウェーデンで開発されたこのソフトウェアは現在試験運用中だが、採用されれば、レース当日のチェックとして通常行われる競走前歩様検査にさらなる精度をもたらすことになる。
従来、跛行(歩行の非対称性)は目視によって診断されてきた。しかし跛行は、時にはストライドによって、また時間の経過によっても変化することがあり、従来の評価プロセスではこれらの違いを完全に区別するのが難しいこともある。
スレイプによってデジタル記録が残され馬の動きに対する客観的評価が維持されるので、獣医師の診断を補強できるようになるだろう。このアプリケーションは高画質動画を撮影することが可能で、馬の歩様をスローモーションで見ることもできる。更に重要なのは、獣医師、調教師、そしてそのチームが、馬の動きを時系列で比較したり、レースごとに比較したりすることもできるので、どのような潜在的な変化も監視できるという点である。
我々は試験運用の一環として、競走前検査においてエイントリーの出走馬全頭を撮影する。6月にこの運用が終了する頃には、イギリス全土における100以上の競馬開催でこのアプリが使用されることになる。この試験運用に資金援助をしてくださった競馬財団(Racing Foundation)に感謝を表したい。
現時点で、スレイプはいかなる規制力を持たず、意思決定にも使用されていない。もしその段階になれば十分な協議が行われることになるだろう。しかし、試験運用の段階では非常に好意的に受け入れられており、調教師たちが非常に協力的で歓迎してくれていることを嬉しく思う。このような取組みには協力が不可欠であり、調教師たちは競走馬の安全と福祉を向上させる共同責任を私たち全員が負っていることを理解してくれている。
私たちの取り組みをさらに向上させるために、他にも数多くのアプローチを実施している。そのひとつが、馬福祉委員会(Horse Welfare Board:HWB)と王立獣医学校(RVC)が共同で開発した「レーシング・リスク・モデル」というプロジェクトだ。この複雑な数学的モデルを用いれば、最も怪我のリスクが高い場所を把握することができる。スレイプから得られるであろう客観的知見などの新しい情報をこのモデルにインプットすることで、実践的な介入に向け取り組みの方向を定めることができるだろう。
BHAの全獣医師は数年前からデジタル聴診器を使用しており、馬の心拍数とリズムに関する情報をリアルタイムで専門家と共有し、助言を受けることができる。これにより、その日のレースを回避したり、異常が現れても正常の範囲内であると判断したりというように、馬にとってより良い判断ができるようになった。
また、今後活用される可能性のある技術に関する研究が世界中で数多く行われている。私自身は、運動中の馬の心拍数とリズム、歩幅、スピード、心電図を記録する装着端末について非常に興味があり、競走馬の運動に関連した突然死について役立つ知見を得ることができると考えている。また、骨折につながる可能性のある未発見の怪我を抱えている馬は、前もってストライドのパターンに変化が現れるといわれている。この研究からどのような結果が見られるのか、非常に興味深い。
また我々は、馬福祉委員会の支援を受け、ロジャー・スミス教授とともに、テンドンブーツ(馬の腱を保護するためのプロテクター)が馬の脚の温度に与える影響および打撲傷を防ぐ効果について理解を深めるための研究にも取り組んでいる。
馬福祉委員会や業界全体の同僚たちとともに、私たちが競馬の獣医師として行っていることは、このスポーツの本質と魅力を保ちつつ、可能な限り最高の馬福祉基準を達成することだ。テクノロジーと技術革新は、私たちがこの使命を成功させ、未来の世代が楽しめるような最も安全かつ迫力ある競馬を実現するための助けとなるに違いない。
By Sally Taylor
(関連記事)海外競馬情報2025年No. 8「骨折リスクに関与する遺伝子を特定(イギリス)【獣医・診療】」
[Racing Post 2025年4月2日
「How British racing is leaving no stone unturned in ensuring the welfare of the horses at Aintree」]